D.J.HIRO memo

見てきたこと、考えたことをD.J.HIROが語ります。

フランス語の授業は出ていなかったけれど、先生とのご縁

フランス語は三つの授業があったと書きました

 

一つがネイティブの先生との会話中心で

残り二つが文法中心

 

その1人の先生の授業

なんだかすごく変わっていて

また

出席もちゃんと取らないので

一回、オリエンテーションだけ出て

それで授業に出なくなってしまいました

 

 

出るのは試験の時だけ

 

 

実は、その先生、幼なじみの友人のお父さんで

そんな関係もありいざという時はなんとかなるかなと

(D.J.HIROは知っていて、先生は知らないという関係)

 

 

 

D.J.HIRO、大学二年の時に学生結婚をしたのですが

この先生の奥様とは幼少の頃から顔見知りでして

そんな関係もあり頼まれ仲人を引く受けてくれることに

(D.J.HIROが頼んだわけではないですが)

なりました

 

 

当時の風潮では、仲人というのは「新郎の恩師」がつとめるのが

まあまあ主流で、周囲の大人たちはこの頼まれ仲人をどう位置付けるか

悩んでいたのですが

 

D.J.HIROはこう言ったのです、

「先生にフランス語を習っていました」

 

もちろん一度も授業に出てないことは内緒です

 

結納の時に久しぶりに先生にお会いすることになったのですが

開口一番

「キミーっ、僕の授業出ていたんだってねー、ぜんっぜん、記憶にないんだよ。」

 

さすがに気まずかったD.J.HIROは返す言葉を探しましたが

「はい、私、影が薄い人間でして」としか答えられませんでした。

 

今から思うと、こういうおおらかさは時代なのでしょうか、それとも先生の人となりなのでしょうか

いい学校に進んだものだとつくづく思います