D.J.HIRO memo

見てきたこと、考えたことをD.J.HIROが語ります。

次は維摩経

昨日はお招きにあずかり学会に行ってまいりました

お目当ては若いお坊さんによる維摩経のお話

 

 

昨年買ったけれど読んでいなかった本がこれでして

www.nhk.or.jp

 

先日こちらのお坊さんの話をたまたま伺った時、維摩経のお話を

引用されたのでまた伺いたいと思った次第です

 

会場で配られた記念品のうちわ

 

 

ハスとモノレール

 

10年以上前、D.J.HIROはお寺でハスを育てていました

これは義母から頼まれたのですが、ハスを育てられる人がおらず知識もない

そこでD.J.HIROに白羽の矢がたった次第です

 

 

とはいえ、D.J.HIROもなんの植物かも知らず

いつのまにか学会に入り(入れられ)、千葉まで通うこともありました

 

そうしてたくさんのお花を咲かせることができました

 

花がたくさん咲くようになると、

多くの人が関わり始めるようになり、

どうも花を愛でて楽しむといった当初の目的からずれていくように感じました。

 

 

「ハスは商売の道具ではない」とD.J.HIROは取り組みを辞め、お駄賃で貯めていたお金を使って、ラジオ局を設立し地域イベントを企画して社会福祉の放送を始めます。

 

 

地域の方々、学生さんと出会い、ともに考えた取り組みの一つが5年前のモノレールの会社との共同イベントでした。 ですのでこの写真を見てびっくりしました。

 

 

ラジオイベントは地域福祉として地元の方たちと一緒に作り上げていくもので大変盛り上がりました。

 

その一方で、また当初の目的をもう一度考えようと、D.J.HIROは地域イベントを少しお休みすることにして、ラジオ局で番組を持てるよう活動の軸足を移します その空いた時間を使ってもう一度ハスを、小さな規模でよいからていねいにこだわり抜いて大切に育てたいともう一度始めました。そしてハスに出会わせてくれた義母のご供養への思いも込めて。

 

 

学会にも再入会して

そこで維摩経のお坊さんの話に出会ったのです

 

 

ですから

このうちわにあるモノレールとハスの写真を見た時

D.J.HIROの心の中にもう一つ

そう、ラジオの思い出が浮かびました

 

 

お寺でハスを育てていた時、D.J.HIROは重い病気で

会社に行けなかった時代のことが多かったです

少しでも土に触ったらよいのではとの計らいで

園芸の手伝いを始めたのですが、だんだんとハードルが高くなっていき

これじゃリハビリどころじゃないのではと思ったこともあります

 

 

何をすればこいういう効果が得られるといった目線になってしまうのは

D.J.HIROの意図することではありませんが

 

この一枚の写真の中に自分の中でのご縁を感じ取ることができ

そのことに感謝できることが自分では素晴らしいと思っている

 

そのことを書くことが

D.J.HIROの意図することでございます