D.J.HIRO memo

見てきたこと、考えたことをD.J.HIROが語ります。

学ぶことがたくさんある中で

毎年話題になるのが学校で何を教えるか?

学習指導要領というもので、これでゆとりだとか詰め込みだとか

大騒ぎしていたものです

 

 

 

学校が教えるというのは一種、国もしくはそれと同じような

機関からのお墨付きのある内容となりますが

社会に出ると、勉強を教える人も習う人もそうした場もたくさん

あることに驚きます

 

 

 

ハッキリ言ってあっているのかどうかもわかんないくらい

たくさんあります

 

 

最近困ったなー勉強したいなーと思うことがあって

例をあげると

・どうやったらハウリングを防ぐことができるか

・どうやったら自宅サロンをよりよい空間にできるか

 

 

あくまでも例なんで二つの間には脈略ないですし、たまたまふと感じたことです

 

これって、本も出ているし、講師もいるんですよ

 

でもその中からどれをチョイスしたらよいかわからない

身近な人に聞いてもいいけれど、その人のいうことが正しいのかどうかかもわからない

 

というのが現実です

 

 

安易に解を求めるな、とか、もっと目的を明確にしてから選べばいい

とか考えることは多々あるのですが

 

 

いろいろ考えた結果

そもそもが過剰な欲求からくるのではという気がして来ました

 

 

もともと過剰とか、複雑とか、無理めな欲求をしているから

それをなんとかしたいとのニーズが生まれ

教えるニーズも出てくる

 

 

そう考えると納得できるか考えてみます

 

ハウリングはマイクやスピーカーがたくさんあるから

 何がどうなっているかわからなくなる

 

・そもそもマイク一本、スピーカー一個ではダメなの?

 

・マイクとかスピーカーを使ってやりたいことはなんなの?

 

みたいに考えていく

 

自宅サロンも

・あれこれモノを置いたり、演出しなくてはダメなの?

 

・その演出が求められているの?

 

・結局はお客さんがその料金を払うことになるのだけれど、納得してもらえるの?

 

みたいに考えてみて、続きまた書こうと思います

 

 

たくさんの情報、たくさんの選択肢からどう学んだらいいかを書くつもりでしたが

 

そもそものその学びのニーズはどこからくるの、本当に必要なの

 

の話になってしまいました