D.J.HIRO memo

見てきたこと、考えたことをD.J.HIROが語ります。

教室から離れたところにある閉じた世界

昨日、教育機関の責任者向けのダイバーシティ(多様性)研修の

資料を作成して完成させました

 

教育機関の責任者(校長先生)が従業員(先生)に対しての

接し方の資料です

 

考えてみれば

学校の教室にはいろんな子ども・児童・生徒・学生がいて

いろいろと問題提起はされているけれど

 

 

職場よりは多様性が認められているんじゃないかと

今ふと思いました。

 

 

教室に来られる方は、お客さん

だから多少のわがままは許されるといえばそれも一面あるけれど

それだけじゃない気がします

 

 

確かに、

バイトなり、正社員で働いた職場なり、あるいはボランティア組織なり

教室より目標が明確になっているからかもしれないけれど

その窮屈さといえば、「お金を稼いでいるのだから、仕事だから、仕方ない」では

片付けられない妙な空気を感じます

 

あっ、部活というのもあった

担任の先生には反抗するけれど、部活の先生には絶対服従とか

 

 

全部に共通するのは

・入ってみなければよくわからない

・入ってみて変だなと思っても、入ってしまうと外の様子がよくわからない

・入ってる本人がこうだから、外からみるとさっぱりわからない

 そういうもんだよねー以上の共感が得られない

 

 

ハマってしまって頑張れば、一目置かれて居心地いい空間にいられるのだろうなとは

わかっていても、ここで居心地よくなったとして

なんになるんだと??いう気もするので馴染めなかったです

 

 

結局は個人の目的が一致しないことなのか

集団の目的が共有されていないからなのか

わからないけれど

他に選択肢を考える時間や具体的な代案や事例がないから

閉じた世界で閉じた人間関係にまつわる独特の出来事が起きてしまうのでしょう

 

 

こういうのを立て直すよりは

避けて淘汰を待つのがいいのかな

となると、個々人が力を持つことが近道なのかな

だとしたら次は従業員向けさんの

研修資料を書くかな