D.J.HIRO memo

見てきたこと、考えたことをD.J.HIROが語ります。

D.J.HIROの周りにいた大人たち

D.J.HIROの周囲の大人はたくさんの個性あふれるキャラでした

父はまちづくりの官僚(専門は法律・教育)

叔父は物理学者

伯父は理科の教員

叔父は塾の先生

叔母は通訳

義父は歴史と宗教の大学教授

 

 

それぞれに専門とそれに伴う趣味を持っていて

D.J.HIROと関わるときに惜しみなくそれらの話をしてくれるので

多大な影響を受けました

 

 

ただ、親親戚というのは近くてもべったりというわけにもいかず

教えてくれたことを実行するには

学校の先生がそのきっかけになるパターンが多かったのかなと思います

 

 

最近の世の中には子どもにべったりの先生もいますが

そういう話ではありません

 

例えば

叔父から天体観測の経験をさせてもらったD.J.HIROは

自分でも夜の星を見に出かけたいと考えるのですが

親から「そんなのは危険だ」と言われたとき

頼れるのは「先生も一緒だから」という一言

 

そんな世界です

 

クラスの希望者を集めて夜の学校に集合して星を見る企画を立てる

 

実際には

観測ノートを1・2ページ書いただけで

 

あとは鬼ごっこをしていた記憶しかないのですが

 

これで「天体観測は楽しい」というのは強化されます

 

 

 

その後、自分が教壇に立った時の天体の授業はできるだけ外で実施することにしました

 

夏は花火になったりしたけれど・・・

 

今でも空の星を見ますよ

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これは新星発見か?とワクワクしながら撮ったもの

 

新星ではなく惑星でした

 

ワクワクするから惑星というオチをつけて発表したものです

 

 

 

旅行中止で先生の家に行く3

先生は小4の時の担任の先生でした

もう一つ、郷土クラブの担当の先生でした

 

 

 

D.J.HIROも妻は小学校の同級生ですが

4年生の時は違うクラス

この郷土クラブで一緒だったんです

 

 

D.J.HIROは4年に進級したとき

ぜんそくで2週間近く学校を休んでしまい

いわゆる男の子が憧れるクラブは

もう人数いっぱいで入れませんでした

 

担任の先生から

いくつか候補を出してもらいましたが

どれも魅力がなく

だんだんと面倒になって

「先生は何の部なんですか」と尋ねたところ

「郷土クラブ」と返ってきたので

「じゃ、それでいいです」

となりました

 

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この主体性のない選択が

いかにもD.J.HIROらしく

 

その中で楽しさを見つけて

6年生のときには部長をやっているのも

またD.J.HIROらしい

 

 

妻との出会いもこのクラブなのて

不思議なものです

 

妻はどうして入部したのかというと

彼女は4年生の6月に転校してきたので

同じく女の子が憧れるようなクラブはもう

入部が締め切られていて

こうなったようです

 

 

 

 

先生は社会の先生だしお寺の跡取りなので

てっきりご自分でやりたくてこのクラブを担当したのかと

思っていましたが

先生も上から言われて取り組んだとのこと

 

 

 

不本意

人事であってもその中で楽しさを見つけて取り組むことですかね

とあらためて思いました

旅行中止で先生の家に行く2

先生はお寺の跡取り

だったはずなのでお寺に伺えばいい

本当に跡を取られたかはわからないけど

 

何しろ40年ぶりだから慎重に考えました

 

同じ宗派のお寺だったのでやはり近い存在でした

となるのは一つのご縁

 

でもD.J.HIROが

驚いたのはそれだけではなく

先生のご子息さんはただいま修行に出られていて

その修業先が

先日の峨山道トレイルを知り行ってみたいと

このブログに書いたお寺だったのです

 

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足を痛めた病院先で知ったこの道

そして予定していた旅行を取りやめ

そこで出かけた先でこの道のご縁をいただき

 

すごい偶然

 

足がよくなったらの前提ではありますが

ここを近く訪問することを決めました

 

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来週までに治すぞ

旅行中止で先生の家に行く1

旅が中止になり、また自宅で安静となっている様子を見て

気の毒に思ってくれたようで妻がドライブを提案してくれました

 

 

我が家には犬と猫がいて自営業なので

そんなに遠出はできないのですが

数時間なら好きなところに連れて行ってくれると

 

 

考えた結果

小学校の担任の先生に会いたいとお宅まで伺うことに

 

 

先生は同窓会にいらしてなかったので

もう40年お会いしてません

 

 

お元気でいらっしゃるかもわからないし

普通だったらいきなりお家にはいかないものですが

実は先生はお寺の跡取りでして

跡を継いだのかもわかりませんが

お寺にお参りと思えばいいだろうと

考えたのです

 

先生の家は下道で1時間くらい、でも戻ってきたこの街には

高速が開通しどうも30分もかからない距離にありそう

だから行って帰って来られる

 

 

それに、今D.J.HIROは庭でハスを育てていまして

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よそのお寺さんでハスを育てているとしたら

それを拝見するのもよいかなと思いました

 

実はD.J.HIROは

先生のご自宅の住所を暗記していまして

 

小学校の頃って勉強が簡単すぎるので

覚えるものがないんです

だから

給食の献立や友達の誕生日や電話番号とか

それに田舎の住所って

〇〇県〇〇郡〇〇村〇〇の✖️✖️✖️✖️

 

この✖️四桁さえ覚えていれば

あとはGoogleマップでたどり着いてしまうもの

 

 

それにお寺の跡取りであれば絶対に家はわかるはず・・・

 

と、

 

そのお寺を調べたら、なんと妻の実家と同じ宗派でした

 

ああなんと世間は狭い

 

続く

旅が中止になって思うこと

本来なら月曜から旅に出る予定だったのですが、

土曜の足の痛みから

一日延期をすることにしました

 

 

十分休養を取ってのぞむつもりが

出発直前になってまた痛みだし

やむなく中止に

 

 

出かけるのを中止にした経験は

人生初です

大抵のことなら我慢して頑張っちゃうんですが

今回はそれができなかった

というより、それくらい痛かった

 

 

連休が明けたので今日も病院に行きましたが

原因がわからず、前回の処置も効かず

 

 

三連休の間、多くの方からご心配の声をいただき

アドバイスに従い試みたことも多くありましたが

出かけられるほどには改善せず

病院に行く前に、ネットでも調べて見ましたが

これは見るものではないですね

 

 

混乱するし、怖くなる

 

 

病院も数分の問診ですが

アドバイスに至っては実際に見てもないところから

飛んできて、ましてやネットを見て調べて仰天して

怖くなっている自分は

完全に自分で自分を脅しているかの構図を作り出している

 

 

情報がありすぎる周囲と

情報に乏しい自分

 

いや、

ありすぎる情報を整理する術を持たない自分

 

これが恐怖の元

なのかもと思いました

 

繰り返しになりますが

これからの時代

溢れる情報から取捨選択するスキルの必要性

あらためて感じました

 

旅の車中でこういうことを考えたかったよー

 

門前の小僧の話

ソーシャルワーカーのD.J.HIROに福祉イベントのお誘いが

よく関わる話と

もう一つ、最近は寺社仏閣見学のお誘いやご案内が来ます

 

 

確かに妻の実家がお寺で

こういった寺社仏閣に行くことや、そのことに興味もありますが

たまたま通りかかったらお参りするくらいのスタンスでも

良いのではないかと思います

 

 

たまたま出会ったことを大切にする

そこからもっと知りたければお参りすればいいし

そしてそれは、それぞれ個人や家族でお出かけしたら良いのではないかと思います

 

 

物見遊山の日々も楽しいのかもしれませんが

たまには意味なく身を置いて、そこから学び、実践して、掴むスタイル

「門前の小僧習わぬ経を読む」

これこそがD.J.HIROが考えるスタイルです

だからD.J.HIROは語り続ける

働けなくて仕事をおやすみしていた時に過ごす

職場復帰のためのプログラムがあります

 

 

主治医からも勧められましたが

どうも首を縦に振る気にならず

結局自分で考えてリハビリプログラムを作っていました

 

 

そうした経験から、講演させていただくのですが

そのときは「リハビリは現場で」とお話しています

 

 

もちろん前段階で病院や福祉施設を利用するのも良いと思いますが

最終的には現場に戻るのですから、ぜひそこを念頭に置いていてください

という意味で話をしています

 

 

働ける、働けない

頑張れる、頑張れない

行きたい、行きたくない

 

 

そういうのって、明確な基準があってそこで線があるわけではない

と思うので、

「こうだからこう」と周りに勝手に決め付けられないためにも

現場でフルに知恵を使って、工夫して、職場の一員として復帰していけたらなー

と思っています

 

 

ってか、受け入れる人たちだって

それぞれにいろいろと抱えているし、あるんだから

みんなで気を回し、気を使いながら、仕事をやっていきましょう

 

という話で終わります

 

だから、「現場」なんです

 

現場ってもどこかがモデルじゃなくて

みなさんの今所属している場所が現場なんです

どこか架空の話でも、メディアに取り上げられるものでもないんです

 

 

と、締めくくるのですが

 

 

それでも

こういう

「障害者フォーラム」行きませんか、「障害者イベント」行きませんかと

ご案内がくるので

D.J.HIROは語り続けるのです

 

暇な時に出会う偶然を大切にしたい

昨日の病院での話の続き

待合室で待つこと40分

 

マガジンラックの雑誌の一つが目に留まり

 

 

こういう系統、鍛える系の雑誌ばかり

 

足を痛めて、落ち込んでいるというか、恐怖心で震えている

D.J.HIROにとってはなんとも酷な雑誌がずらっと並んでいても

 

ただ、タイトルの九州に惹かれて

読んでしまいました

 

 

そんな中で

修験道」という言葉が気になり

でも読み方がわからず、今朝妻に読み方を教えてもらいました

(しゅげんどう  です)

 

なんかワクワクしてしまう

いやいや、自分はこの足が治るのだろうか

という自問自答を繰り返し診察を待ちました

 

okuyamato.pref.nara.jp

 

universal-field.com

 

universal-field.com

 

 

一番驚いたのはこのレース

 

世の中、いろんなことを考える人がいるものだと感心してしまいました

 

足が治ったら、考えてみたいものです

 

そして、たくさんの興味あることとの出会いってこういう偶然だよなー

と思うと

 

昨日の激痛騒ぎもプラスに感じられるようになりました

 

今日は家の中とコンビニの中くらいなら歩けるようになりました

朝、庭の水やりしていたら妻に怒られましたが

 

足を痛めて感じたこと

今日は急遽別の話題を

 

昨日から違和感があった右足が

今朝になって今まで経験したことのないような痛みになり

病院へ

 

ぶつけたとかひねったもなく

歩けなくなってしまいました

先生の処置でなんとか今は家の中の移動はできるまでになりました

 

ここ数日

疲れていたのか、

ウツっぽい気分になっていて自分でどうしたんだろうと

あれこれ考えていたのですが

この足の痛みで吹き飛び、

 

 

また足の痛みが和らいでくると

気分の落ち込みが復活するという

 

 

でもねー

歩けないというのは

すごく焦ったし、ものすごく恐怖だったです

 

 

過去にぎっくり腰で二週間会社を休んだこともありますが

その比でなかったのは

腰よりも足の方がダメージ大きかったのはなぜだろう

 

 

そんな事情で今日一日複雑な気持ちでおりました

 

そんな中で他にも味わった感覚

 

 

 

大相撲で新大関が足を痛めて休場というのが待合室のテレビで放映されていました 

相撲のことはよく知らないので、ケガで休場とのニュースを見てもピンと来なかったのですが今日は違いました

 

 

 

歩けない中待合室で待つこと40分

呼ばれて診察室にいく、他の患者さんを見て

歩けるじゃないかーと1人突っ込んでいました

 

 

 

ぴょんぴょんでクルマにのり

クルマからぴょんぴょんで待合室へ

これ以上は難しいから家に戻って杖みたいのを持ってきてと頼んだら

一昨年四国で買ったお土産のお遍路グッズ

 

診察室で先生は

足より杖を先に見ていました

 

 

 

一生懸命にやる→ベストを尽くす

50歳で早期定年退職して学生時代に住んでいた街に戻って来ました

なんだかんだで

退職の準備・あいさつから数えて2年くらいたったことになります

 

 

 

思った以上に、これまでのお付き合いというかつながりが続いていたり

また、昔の街に戻って来たことで昔一緒に仕事をした方や指導した教え子さんから

声をかけてもらえてうれしいなと思っています

 

 

ふりかえると

なんかを成し遂げたから

付き合いが続いているといったことではなく

 

お互い一生懸命にやった、ベストを尽くしたといった方が

長続きするのかなと感じています

 

 

結果を残すことは運不運もありますが

一生懸命にやる→ベストを尽くす

は日頃の姿勢ですよね

 

 

せっかくのご縁に気付かされた

今日この頃です

また声をかけてもらえること

自分の関わっていないプロジェクトのことを知るためには

報告書だとか、成果だとか、そういうのを調べることよりも

そこからどんな人材が輩出されているかを調べるのがよいのかも

というの話を書きました

 

 

でも自分が関わったプロジェクトの評価

つまり自分の評価については

どう考えたらよいかというと

「また声をかけてもらえること」が一つの指標ではないかと思います

 

 

「あの時、一緒にやってよかったな!」と思ってもらうことは

どんな職務経歴書や自己アピールで得られる情報よりも

いいのではないかと思います

 

 

ふりかえると、人生はこのことの積み重ね

また声をかけてもらえることが自分の信用ですし

何より自分が信用できる相手がいることにも繋がります

 

あっ、もちろん

こちらから願い下げだと思うような相手とのお付き合いには

くれぐれも注意してはいうまでもありません

 

 

プロジェクトのどこを見るか

プロジェクトの話を考えていて

こういうことを興す人はたくさんいるのですが

その実績を追うとたくさんのことがわかります

 

今では

たくさん人が写っている写真とか

イベントの様子など

パッと見、すごいなーと思うことがありますが

 

実際に現場に話を聞きに行ったり、

伺ったり、文献を調べたりすると

いいところだけを切り取ったので

と言われてしまい

現実の厳しさとなかなか本丸までたどり着けない徒労感を味わいます

 

D.J.HIROの中でも

まだこれだと言い切れないですが

結局ここからどんな人材が巣立っていったかというのが

キモなのかもしれません

 

 

ちょうど参考になるブログの記事がありました

 

d.hatena.ne.jp

関わった人がよかったと思える・・・プロジェクトも同じ

関わった人がよかったと思える話を昨日書きました

例に出したのが趣味や地域活動でこのブログのタイトルとなっている

D.J.HIROはこの趣味と地域活動であるラジオを由縁としています

 

 

で、職場にはプロジェクトというのがあります

仕事というのは、常に変化していきますから

新しいことを手がける必要に迫られます

 

 

かといってどうなるかわからないので

固定的な組織にはしないで

臨時的に取り組んでその成果を見ながら今後のことを考える

これがプロジェクトです

 

 

wikipediaから

PMIのPMBOK[編集]

PMIが制定しているPMBOK(第5版)の定義では、「プロジェクトとは、独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施する有期性のある業務」とされている。つまり、会社などの通常業務や、継続的な運用管理、あるいは改善活動などは、特に開始と終了が定義されていないので、「プロジェクト」とは呼ばない。ただし、特定の期限までに特定の建築を行う、製品を開発する、システムを構築する、などは個々のプロジェクトになりうる。

 

プロジェクト - Wikipedia

 

 

通常業務でなく期限が決まっている

これはですね

悪意に解釈すると

 

通常業務でないので、上司もはっきりしないし

それだけに目標もはっきりしないので

やってもやらなくてもいい

 

となりがちなんですね

ことによったら内紛とか空中分解とか

 

だから、プロジェクトのメンバーに選ばれるということは

いい意味にも、悪い意味にもなるんです

 

 

プロジェクトが立ち上がる背景には

市場があるか、提供するものがあるかまだよくわからない

混沌としたものがあり

 

これがハッキリしていれば

予算もつけて体制も組める

ただ、どこも同じことを考えているので出遅れる可能性がある

 

だったらどっちを取るかなんですが

それは別の機会で書くとして

そういう混沌とした状態で成果をあげ

関わった人がよかったと思える

 

さらにそれが組織の社会のためになるようなことに繋がって

いけばよいのではないかと思って旗を振って来ました

 

 

こういうことに取り組む人はたくさんいますが

その中で続く人、

またやりましょうと声をかけてもらえる人

D.J.HIROはそうでありたいなと思うのです

関わった人がよかったと思える仕事(や活動)ってなんだろう

研究員時代は

「後で論文にすればいい」なんて言っていたデータが結構あって

結果的に異動したり、予算が尽きるとお蔵入りになっちゃうんですね

 

これは今でもすごい反省しています

書いていれば博士号が取れたのに

 

そんな深い反省があり

その後自発的に取り組んだことは記録にまとめようと

いや、記録にまとめられるような活動にしようと意識していました

 

趣味にしても、地域の活動にしても

 

地域のお祭りを盛り上げるラジオ放送も

そりゃボランティアから始まって

でも何回かやっているうちに得られた知見があり

それをまとめてアピールしてきました

これが研究員の時の反省です

 

 

それに、一緒に手伝ってくれた方にも失礼じゃないですか

手伝った活動が一体どんな貢献を社会にしてきたのか

 

だから市民のボランティア活動にしても

D.J.HIROは参加してくださった方に少なくとも年に一回は報告書を書いています

 

  1. 私たちは何を目指しているのか
  2. その目指しているものに対して現在どのステップにいるのか
  3. そして各々の貢献をどう考えているのか

 

忙しい中、集まって、力を出し合ってくださった方

中には自分のこどもと変わらない年の方もいます

 

これをやっていくと

お互いその時だけでなく後々になってもよい関係が続いていく

なんだかそんな気がします

 

 

関わったけれど

自然消滅とか、なんだったんだあれは

みたいになりたくないのは誰だって同じだと思うんで

「やってよかった」と思えるような取り組み(仕事、仕事以外も含めて)にしていきたいと思っています

 

 

こうして続く人、続かない人ってなんなんだろうなと

その差を最近考えるようになりました

 

それについても今後考察したことを書いていきたいと思います

いつも同じ役をする人

好きなことだけすればいいという標語が

世の中で飛び交っていますが

 

 

 

講師をしていて、またプロジェクトを率いたり

コンサルをしたり

そういう視点で目立つのがいつも同じ役を取ってしまう方

 

 

 

学校の場合は学年が上がれば卒業ですし

シャフルもありえる

しかし社会に出てとなると

 

 

 

これ、自ら後任を育てて

自分が次に行かないとと

停滞というか閉塞感漂いますよねー

 

 

 

活性化コンサルとして

これを指摘して外れてもらうのはものすごくエネルギーを注ぎます

というか、もう引き受けない

 

 

アドバイスとしては

任期制とローテーションとなるのですが

加えてもう一つ

その仕事が今後存続するかも未来永続としない

 

 

 

それくらい不安定にすると

当然のことながら

「落ち着いてできない」「腰を落ち着けて取り組めない」といった

苦情がきます

 

 

ここからはリーダーの覚悟であり

担当者の覚悟なんですが

 

 

D.J.HIROの経験から言うと

ワンチャンスでも一生懸命取り組める人は

次が開けてくると思うのです