D.J.HIRO memo

見てきたこと、考えたことをD.J.HIROが語ります。

システマチックな枠組みに巻き込まれることのないように

随分と情報が行き渡る時代になって便利な反面

なんだか管理も行き過ぎた感になっていて

随分と窮屈な世の中になったように感じます

 

 

子どもの頃と比較すると

六法全書の厚さは三倍くらいになってんじゃないかと

思うくらい

 

 

ステマティックな教育・人材育成並びに

オペレーションを目指すのはしょうがないんだろうけれど

他にゴールが思いつかなければ

 

 

D.J.HIROも中学受験から塾に行ったし

そういう受験校に行ったし、さらに大学に入って予備校の先生や

家庭教師、自分で塾も開いて、企業のリクルータや人事もやった

で、D.J.HIROのむすこたちにその経験を生かして

ステマチックな子育てを実行しようとした・・・

 

 

が、うまく行かなかったです

 

 

というか、親も「うーん。どうしよう。」と、一緒にもがいて考えて

取り組んだことの方がよかったかな。

答えのない中、こっちかなと

そして明かりの見えない中、片手で手を繋ぎ、もう片手で手探りで

進んで行ったことの方が

 

 

こんなのロールモデルにはならないよというものの

さわりだけを真似るのではなく

どう考えたらいいというのを書いて行きたいです

 

それでもマニュアルみたいになっちゃうんでしょうが

 

 

今は学び方の本がたくさんあります

学校も資格も検定の機会もたくさんあるし、また

そこでの受験ノウハウもたくさんあります

 

スポーツで言えば

アスリートの育て方、試合運び、出場する大会だって

たくさんあります

 

 

それらの中で価値が高いものをたくさんゲットしたら

エリートと呼ばれるのかどうかわからないけれど

そういうのを増産して若い人たちの行動や視界を見誤るような

ガイドをしてはならないと思います

 

 

社会のルールが増え

取るべきと呼ばれるアイテムが増え

それをたくさんクリアしたら偉い

というのは今の社会で誰かが勝手に言っていることで

 

土俵を変える革命をせよということも言っていませんが

効率的な学び方を否定することもしませんが

 

 

少なくともおかしな社会に巻き込まれず

巻き込まれないが故にできた時間を使って

自分の頭で考える時間に当てられるよう

 

むすこにむすめに教え子さんたちを守るとしたら

それかなと思いました

不登校・出社拒否の経験があるから力になれること

昨日、ラヂオつくばさんに出演して

不登校・出社拒否の支援について紹介させていただきました

 

you842.tsukuba.ch

 

限られた時間の中で

自分のことについて語ることはまた次回となりましたが

D.J.HIRO

大学の3年間、会社員の間の5年間

登校・出社できなかったです

 

その時は治ったら、こうやって同じような思いをしている人の力になりたいとか

思ったりしましたが

元気になると、やりたいことは別になってしまうようで

正直、逆にどうして支援しようとしているのかその人の気持ちがよくわかりません

 

 

あの頃のことを思い出すようなことはありませんが

ふと似たような感覚を味わう場面があるとそれを思い出し

胸が苦しくなり、涙があふれます

 

 

でも、D.J.HIROに支援できることって言ったらわからないし、

正直、何の支援を受けたところで結局頑張るのは自分だから

もちろん周囲の人の理解や協力

正しい医療とかあることは話することができるけれど

こうやればうまくいくなんてものはないし

体験談なら話せるけれどそれはあくまでD.J.HIROの場合の話なんで

役に立つかどうかわかりません

 

力になれないもどかしさを感じながら

それでもカウンセリングルームに出資し、立ち上げたのは

たくさんの人が楽になって穏やかな人生を送ってほしいから

なのかな

 

 

この3年間もがいたけれど

治す治さないのは自分の問題

ただ、ここだけはおさえていてほしいと伝えたいことを

凝縮してプログラムにすることはできそう

ということで、それならばと事業を立ち上げることにしました

 

このことによって

今動けなくて困っている方と

周りの方の両方が考え、そして行動することのきっかけになって

くれたらと思っています

 

それを伝えることが

不登校・出社拒否の経験があるD.J.HIROが力になれること

ではないかと思います

 

だから業者に丸投げしないでね

自分たちの問題でもあるからね

 

 

 

 

 

www.mantenedu.jp

 

www.i-counseling.jp

 

確かにD.J.HIROはサボりぐせがあり

根性なしかもしれませんが(親によくそう言われた)

D.J.HIROはD.J.HIROなりに頑張って来たんで

もう自分で頑張って来たことを認めます

 

その自信の一つに

そして、D.J.HIROは高校時代3年間

無遅刻・無欠席・無早退で

卒業式に皆勤賞をいただきました

 

だから好きで休んでいたのではないということを

書いておきます


ロールモデルはアピールとして書かれたものだけではない  はず

この街に最初に住んだのは43年前

引っ越しては戻ってきて、3回目に住んだのは昨年

20年ぶりでした

 

 

人口は10倍以上になったのかなぁ

古い友人と話をしていて

昔お世話になったお医者さんの話題になりました

 

 

もちろん引退されているだろうけれどその後

どうされているのかなと思って

検索したら、載っているのは電話帳のサイトくらい

 

 

他にも気になったので

むすこたちを取り上げてくださった先生

いやそれだけでなくD.J.HIROの仲人をしてくれた大学の先生も検索してみました

 

 

検索では見つかりませんでした

あんなに街の有名人だったのに

ちょっとびっくり

本を出版したり、石碑でも立てないと歴史の彼方に行ってしまうのだろうかと

ちょっと複雑な思いがありました

 

 

というだけでなく

歴史を学ぶ上では記録に残っているものだけでは

全体をカバーしきれないのではということ

つまり、目立とうと歴史に刻もうとされたものだけを見ていてはいけないということ

 

 

我が身をふりかえって

私どもはつい功績を後世に残したいと考えて行動してしまうことがあるのですが

本当にしなくてはいけないことはなんだろうと考えました

 

 

 

お医者さんは私ども家族を含めたくさんの人の命を救ってくれたから

今の私どもがいて元気に暮らしている

大学の先生は私どもを含めてたくさんの学生の面倒を見てくだったから

今の私どもが頑張って働いている

 

 

次の世代を救った、育てた

だからそれだけでよかったのかなと思っていらっしゃるのだろうか

だとしたらなんだか

先生たちらしいな、と、勝手に思ったらD.J.HIROも笑顔になりました

 

 

名を残そうというのではなく

D.J.HIROの仕事に対する姿勢を今一度顧みて

グッと思いを強くした出来事でした

 

 

D.J.HIROも彼らのように生きたいと思いました

 

給料が安い、待遇が悪い、は誰に言えばいいのか

経営コンサルタントの仕事をしていた話はしましたし

一方で労働組合の仕事をしていたこともありました

 

当然、労使懇談会等々の場面にもおりました

 

 

春闘とかよく聞くと思いますが

あれはお金のことだけ話しているわけではないんですよね

www.jtuc-rengo.or.jp

 

 

現実的には待遇等々は

お金で、それも時間給あるいは月給で

とならざるを得ないんです

 

理由は他人の働きを評価はしにくいから

評価できてもそのためのコストが現状では高すぎる

 

あとわからなくなるのが

時給という考え方、

1時間あたりのアウトプットが安定的に予測がつくのであれば

この考え方は合うのですが

そういう仕事ばかりではありません

 

 

じゃあ、成果主義ってなるでしょ

でも誰が公平に成果を測れるのでしょうという問題になり

結局評価者の懐三寸

 

 

じゃあ、まともな人を評価者にしろとなりますが

誰がそのまともな人を(いるのかわからないけれど)連れてきて

そのポジションに置くのか

 

などという理想はあっても運用が極めてむずかしい状況になります

 

在職中にD.J.HIROは言いました「社員の半分が人事部になるね」

 

ですので、ご相談で

「給料が安い、待遇が悪い」というのはどうしたら改善するのか

むずかしく、

 

そうした問題より職場でのコミュニケーションを改善した方が

納得が行くのかもとこちらのことも念頭におきながら話を聞いています

 

 

あなたの労働時間、

拘束時間なのか、通勤を含めての時間なのか、家での勉強や準備を含めてなのか

外での付き合いも含めてなのかそれぞれだと思うし

また、それが安いとか高いとか言った根拠がどこなのかそれもそれぞれなのですが

このあたりを考えてみると自分で納得のいく答えが出ると思います

 

 

最近、ラジオ局の仕事を頼まれまして

最初は時給という話だったんですが

結果業務委託契約にしてもらいました

 

 

全部のこと、一般に持ち出しと言われることも含めて一回いくら

もし時給にしたら、時給でもらっていた金額の半分以下だと思いますが

D.J.HIROにとっては全く不満がありません

自分でも驚いています

 

だって好きな時間だけ準備と反省にかけられるから

つまり好きなように時間を使えるから(マストなところはちゃんとその中にあるのでその前後のことです)

 

ただね、これで満足しているのは短期だから成り立つんです

多分、ずっとこのままだと不満が出てきて・・・

 

でも自分で体験した働き方の実験でした

 

学び方はそれぞれ

頭は切れるのですが、なかなか教えにくかったのが末っ子でして

D.J.HIROに対してそうでしたから、周囲の先生も手を焼いたのだと思います

 

 

彼なりに考えることがあり

「なんで勉強するの」「何を勉強するの」と、小学生の時になんども聞かれたのですが

親を頼ってきているうち(反抗期前)に納得のいく回答をしてあげることができませんでした

 

 

中学になれば、周囲の環境も変わるし

長いものに巻かれろ的なこともあるし

国立大学に進んだ兄2人からの良い影響も来るだろうし

と言う期待もあったけれど

 

おそらく途中で学校を辞めるなと思った次第です

 

来るか来ないかはわからないけれど

学校をやめてしまって社会との繋がりがなくなって

寂しい思いをすることになるかもしれないから

もしそう言うことなら、家庭の他にもう一つ社会と繋がった居場所を作ろうと

まんてんエデュケーションを始めました

 

まんてんの名前は、星の名にちなんだむすこの名前から取っています

 

実際に来たことは数回なので

居場所としては必要なかったのだろうけれど

こう言う場を運営したことによる効果は絶大だったと

D.J.HIROは思っています

 

年齢に関係なく自由に深く考えることができる場

たくさんのことに挑戦できる場

 

 

結果的に、むすこだけでなく

たくさんの必要としている方に届けられる場になりました

 

 

なぜ、学ぶのかは時が経たないとわからないことだと思いますが

ずっと考えていないと出ない答えである気がします

D.J.HIRO自身もわかっているかと言われれば

それはわかっていないのかもしれませんが

でも、少なくともここまでわかって考えたと言うことを書いています

コンサルティングからカウンセリングへ

コンサルティングの仕事をしていた時期があり

社内外の事業所を回ってたくさんのお話を伺ってきました。

 

 

理想的な職場環境、理想的な労働条件を目指して

そしてそんなモデルを探して20年近くあちこち回りましたが

そういうものには出会えませんでした

(あるのなら転職しますので教えてください 転職は冗談です)

 

国内もシリコンバレー他海外もどこもなんらかの課題はあり

 

そんな中で、業績をあげている、存続していっている事業体と

そうでない事業体との差って

なんなのかをただいま文字に落とそうとしています。

 

 

つまり、環境と条件を整えてほしいとの声はどこも強いのであるが

だからと言ってそれを満たしたら業績が上がるのかとは言い切れないわけで

 

だったら、どこをどうしたらいいかを考えるのがD.J.HIROの出番なわけです。

 

 

自己紹介のカテゴリなので

自己紹介として書きますが、昔のことの記憶力がよいD.J.HIROも

50を過ぎ、昔携わった仕事のこと、バイトのこと思い出します。

 

 

歳をとったからかもですが、

 

思い出すのは、何をなし得たか、それが今にどうつながっているか

で、これでいくらもらったというのは忘れてしまってきています

 

 

(嫌な思い出というのもあるのでしょうけれど

当社が心理カウンセリング事業をしているので

その効果でほとんど気にならなくなってしまいました)

 

稼いでもお金を社会に還元してしまうからお金に頓着してないのかもしれませんが

いくら稼いだというよりは何をやったかの方がD.J.HIROにとっては重要だったようです

 

 

おそらくは、目指しているものがあっての

環境・条件なのでしょうが

環境・条件の方が目に見えやすく

かつ

これらへのアプローチについては人間熱くなりやすいですから

どうしても目立ってしまいがちで

 

でも人間の奥底には本当に取り組んでいきたいことが眠っいるような気がします

そこをD.J.HIROは探っていきますし、そういう仕事をしていきたいです

変わるのか 変わらないのか 伝統を打ち出す前にそこを明確に

昨日は教育関係のイベントに参加の際に

ちょうど同じ業界にいる旧知の知人に会う機会がありました

 

 

この方は発達に課題がある息子が小中学の時にお世話になった方です

その組織は時代の流れですでになくなってしまったのですが

組織はなくなっても関わった人たちは働いているわけですから

好むと好まざるに関わらずその動向が耳に入りました

 

 

さて、時代の流れでなくなったと、その事業責任者はそう結論付けて

その組織を閉じました

 

つまり組織として提供できるものが時代のニーズと合わない

 

なので事業の継続を断念したことになるのですが

 

 

事業継続の断念の大きな理由とは

公金が入らないためで、形を変え、別の提供者の公金を得て

別の形で事業を継続しているとのこと

 

 

事業を長くやっていると

またD.J.HIRO自身もそうですが長く働いていると

その仕事の内容、やり方を続けていることが難しくなります

 

もっと気持ちを込めていうと

苦労してせっかく掴んだ仕事の内容、苦労してせっかく身につけたやり方が

時代のニーズに合わない、いうならばそれに対して対価を払えないよ

という厳しい場面に出くわしてしまうことがあるのです

 

 

時代の変化がゆっくりか早いかは

そのものによって違うので一概に言えないし

それがいつ来るかもなかなか見通せない

だからこそそれも含めて勉強なのですが

 

 

人事施策にいたD.J.HIROの経験からすると

ざっくりと言って

自分が変わるか、土俵を変えるかの選択肢になります

 

このとき、1人でやっているわけではないのだから

顧客、資金提供者、従業員などのステークホルダーに対しての説明

堅苦しいプレスリリースや会見でなく

意地やプライドではなく

本音のところを聞かせてもらって覚悟を見せてくれると

後になってもよい関係が続くのではないかというのが人生で学んだことです

 

 

私はこの道で行くというのも素晴らしいし、その姿は美しいものです

自分にそういうのがあるのならD.J.HIROも見習いたいです

 

そういう岐路に立った時、スタークホルダーの中には意見を異にする人もいるでしょう

でもそこでいいとこ取りで終わらせないで

考え方、生き方を打ち出せていけたらなと

 

 

今までの栄華がそのまま通用する世界ではないけど

今までの規模は維持できないかもしれないけれど

私は私で行く、だからついて行く、行かないは自分の意思で判断してほしい

と言えるとよいよねとそう語って

それ以上の近況話は耳に入れないようにして別の未来の話にしました

シェアの掛け声はどこに?

一昔前はワークシェア work sharing

という言葉が賑わったのですが

人手不足の言葉に消された感を感じていますが

どこへ行ったのでしょう

 

 

と言っても、こういうバズワードに踊らされている方が

よろしくないので

work sharingを信じている人は次の波が来るまで

その思いを温めて準備をしておくことが肝要かと思います

 

 

さて、もう一つのシェアとは

シェアする暮らし

こちらの方もパッとしない状況になりました

 

 

どちらもマーケット全体でのエビデンスは追いかけていませんが

少なくともD.J.HIROがこれまで関わったプロジェクトは青息吐息

 

 

後述するように数年前から経営から手を引いてしまっているので

さもありなんの状況です

 

 

リーマン不況や天災などでつながり・絆とあったのも

一旦行き渡ったので

また次の波を待つことになるのでしょう

 

 

それとは別に特に頼まれたわけでも、お金ももらっているわけでも

ないのですがあるコミュニティのアドバイザとされてしまっているD.J.HIRO

 

 

ここのシェアコミュニティは個人の力を持ち寄ってというコンセプトだったと

思いますが

5年くらい経ったらミーティングの内容はほとんどが処遇

(取り分はどうするとか、どっちが偉い)に関するものでした

 

 

 

だったら曲がりなりにも人事ルールがある現行の会社とかの社会システムの方が

力を発揮しやすいんじゃないの???と思ったり

 

 

結局を何をなし得たかよりも処遇の方が興味・関心があるのであれば

シェアというのはなかなか難しいのではと最近思っています

 

 

別に処遇を求めること自体はシェアという言葉を使わずにいるのなら

悪いことではないと思いますので

それにふさわしい場で存分に力を発揮したらよいのではないかと。

 

優先順位づけのサポート次第で人は変われる

来週ラジオで話すことになり

内容を考えていますが

 

行き詰まった方をどうサポートするかの話に触れます

私どもはカウンセリング事業なので

トラウマとされる心の傷の修復だけでなく

そこから社会復帰、あるいは復活までをサポートしています

 

 

で、傷を受けてしまう要因となることの環境調整の

4本柱が

・家庭が休める場になるよう

・個々の脳力の特徴を周囲が理解するよう

・対人関係で煩わしくならないよう

・学校なり職場で発揮できる力を養うよう

心を配っております

 

D.J.HIROはこの中で

特に勉強、働く力をつけるサポートをしていますが

一口にこう言っても勉強は広く、働く力と言ってもやはり広いです

 

 

バランスよく、おしなべて力がある・・・

そりゃそういうのができればそれに越したことはないですが

そんな人はホントに実在するのでしょうか

 

話を合わせられて、気の利いたコメントができる

という人はたくさんいますが

そんな人だけが集まったところで事業が成り立つのかは

この目では見たことがありません

 

 

大体のことは、優先順位をつけて

立ち回っているのです

ただ、傷を受けてしまった人には概してここが苦手だったりする

苦手だったり、やったことがないということもありますが

優先順位づけでつい周囲を気にしてしまい

自分が力を発揮したいところにエネルギーを注げない

 

もちろんソーシャルワーカーのD.J.HIROが

アサーショントレーニング(自己主張していく力を養うこと)をしたり

アドボケート(周囲へ代弁していくこと)したりしていくことは

もちろんですが

 

 

優先順位の考え方について

周囲にレクチャーしていくこともしていきます

 

 

そのためには

他のブログでも書いていますが

・目標の共有

・行動の習慣づけ

・記録をつけての振り返り

 

がとても大切になります

 

これができれば、何を優先していくのか本人も周囲も楽になるのではないでしょうか

 

あれもこれもとなり手が回らなくなることよりも

できることを着実に進めていくことに価値を見出して

そこに幸せを感じていくことが私たちカウンセラーの願うことです

本を書けとは言われるけれど

いくつか宣言して執筆が止まっている本がいくつかありまして

全く進まないからブログを始めた訳でもありますが

 

 

さて、最近目につくのは

発達障害関係

・闘病体験記

・中高年のキャリアチェンジ

 

など

いや、まさに自分が書いているジャンルなんですが

 

 

「教科書」的な匂いのタイトルで並んでいる本を見てしまうと

「マニュアルになるほど単純かいな」と思ってしまいます

 

D.J.HIROも書くとなったら

エピソードを紹介となるのでしょうが

エピソードのよくある話の背水の陣になったから

腹が決まった、これしかないと信じてやるしかなかった

という武勇伝に映ってしまい

 

読んだ人が「著者は積極的に背水の陣に自分を追い込めと語っています」

なんて思ってしまったらかなしい

 

そんな単純な世界じゃないのなら

それを表現すればいいとなるけれど

それを文でできたらすごいねー

(できないと思います)

 

 

 

となると、

・個別ケースの紹介

・別の表現方法

・自分のブログから引っ張って編集(誰が?)

かな

 

かくいうD.J.HIROもそれこそ何千冊も本を読みました

生き方本も読みました

まあ自分が考えていることは間違いではない

と、確認するくらい

 

 

 

やってみて経験から学んでいくより他ない

というか経験に勝るなんとやらという話になってしまうのですが

後先考えず経験をおしすすめるような人もいて困ったものだと思うのです

 

 

そりゃね、心底やりたいと思って取り組む経験ならよいですが

見返りを期待しての行動から魅力的なことが生まれるのかどうか

 

 

という訳で、マニュアル的な教科書では語りつくせないから

人生は楽しいし工夫しがいのあることなのではないかと思った次第です

 

安定か興奮か 人生はこの二択になってしまうのか

近所のハーレーのお店でトライクの試乗会があるとのことで

行ってきました

 

ハーレーはほしいけれど、予定というより余裕がないので

あくまでも体験です

 

トライクに興味を持ったのは、歳をとってからのバイクライフ

 

もし、もしも余裕があったらの話でほしいのは

ソフテイル系なんですが、

www.harley-davidson.com

 

 

正直ハーレーで惹かれるのはグライド系

www.harley-davidson.com

 

乗ってみたいと以前レンタルを希望したら

立ちごけたら一回ウン十万の世界」と聞いてビビりました

 

で、トライクならこけないから

と試乗

 

やっぱり、カーブの時の倒れる感が魅力かなぁ

 

大きなバイクに乗るのは楽しい⇨YES

ハーレーに乗るのは楽しい⇨YES

三輪より二輪⇨YES

 

となってしまうのはなぜ?

慣れの問題? それともスリル? いや立ちごけした時のスリルは味わいたくない・・・

 

経験したからこそ気がついたのですが

D.J.HIROはオートバイに何を期待しているか

さらに

人生を歩む上で「安定」か「興奮」かまで話は夫婦で発展してしまい

(発展しているのは私だけなのかも)

大いに考えさせられました

 

これからの人生、どう自分なりに歩んで行くか

気力、体力、感じる力にどう向き合うか

二輪か、三輪かで迷っているうちに四輪という展開もありそうですが

あれこれ考える楽しみになりました

 

 

 

ロールモデルはいつから役に立つのか

https://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009/img/h_4_2_05.gif

 

D.J.HIROも小さい頃になりたい職業があり

ごたぶんにもれず紆余曲折があり

現在に至ります

 

子どもの頃は夢物語もよいですが

高校生になるとだんだんと具体的な話や日常の取り組みが反映されてしかるべき・・・と行きたいところですが

多くの人が職業を意識するのが就活のときから入社・配属まで

 

こういう仕事に就きたい

とか

こういう人になりたい

とか

あると思うのですが

あまりに現実を知らなかった・・・

 

 

もし情報があれば

どうしたかと思うと

いろんな職種の考えられた

ということもあると

思うのですが

 

具体的な業務内容がわかれば

その部分を若いうちから意識して取り組めたかった

ということでしょうか

 

後日もう少し深く考えて行きます

歴史から学ぶ

D.J.HIROが過去に数年間住んでいたところで首長選挙があるそうです

過去の投票率は3割だとか

 

 

なんだっけ

歴史で学んだ普通選挙法でしたっけ

みんなに投票権を命がけで戦って(全員かは知らないけれど)

得たものはなんなのかなと思うんだけれど

なんかはあるんですよね

 

義務教育つまり国民は教育を受ける権利があるというのもしかり

 

 

さて、その選挙

争点がD.J.HIROもよくわからないんですが

ある方が選挙について書いてあったものを見させていただいた

ところ

 

D.J.HIROの個人的に目に飛び込んできたのが

 

現職が初めて立候補した時の公約でした

 

これ、今の挑戦者、新人の方の公約というか

大義名分なのかな?と同じ

 

 

これも歴史は繰り返すというか

歴史から学ぶことなんでしょう

 

え、自治体のことなんか関係ないって??

 

それではあなたの学校、あなたの職場

こうなっていませんか?

 

 

 

 

 

 

「空気は読んだ、でも行動する気はない」となると空気を読めないことになるのか?

高機能自閉症のクライエントさんの案件の話があり

紹介者がなぜこの言葉をわざわざ使ったのかが気になり

今、世の中ではどのように使われているのか含めて概要を調べたところ

 

特徴の冒頭に

概して

「場の空気を読むことが難しい」

 その場の暗黙のルールを察して行動することが難しい傾向があり・・・

 

と、ありました

 

つまり

察して、行動することが難しいのであって

察してはいるけれど

場の空気を察していると自分で思っていて何も疑わない人たちから見ると、自己中心的と思われがちな言動に見えてしまうのでしょう

 

で、

・察していないのか

・察しているけれど行動しないのか

・察しているけれど、行動が期待と違うのか

 

そこらがわからないと、空気を読んでいないのは君たちではないかと

思ってしまうD.J.HIROも

 

過去にドクターから

診断をもらいました

 

 

だから今回の案件が来たのでしょう

 

この話題も依存とともに生涯の学びの対象です

 

学者になる気は無く、政治的な振る舞いをする気もなく

困っているクライアントが穏やかに人生を送れるよう

考えてお手伝いすることが仕事なのでよろしくお願いします。

 

「依存」と「依存症」

「依存」と「依存症」

これを説明するのはなかなかむずかしい

 

D.J.HIROも依存症の勉強をして10年が経ちましたが

今もなお勉強です

 

 

 

これ書いた先生、メッセージがいっぱい詰まっていてすごいなと感心してしまいます

 

 

さて、アルコール依存の人に

「アルコールを飲まない人生は楽しいよ」と

なるのが治療のゴールなのですが

 

だとしたら仕事依存の人には

どう説明したらよいでしょう

 

 

ここで説明に固まってしまったD.J.HIROは

まだまだ勉強が足りないと思ってしまいました

 

ので、このブログでも依存のこと取り上げていきたいと思います